土曜日、新美のハプスブルク展で、ヴェロネーゼのユーディットを見てきました。
敵将の首をとる美貌の女性・・・目がいっちゃてて恐かったですねえ。
肖像画が多かったので、金の羊毛勲章を探す楽しみも。
あのだらりとした意匠が、贅を凝らした衣装の中にぶら下がっているというのもまた一興です。
日曜日、神田の古書まつりに連れてってもらいました。
大通りから一本はずれた狭い通りに出版社などのワゴンが並んでわけあり本のセールを!
思わずテンションあがっちゃいましたv
「教育とはーイギリスの学校からまなぶ」(小林章夫著)をお安く購入。
息子さんをシックスフォームに入れた著者が、英国の教育制度などについて書いておられます。
パブリックスクールについても詳しい記述が・・・

これは、連れて行ってくれた方がオーダーした「黒ゴマバナナジュース」!!
作り方は、バナナ1本、砂糖大匙1と半分、ゴマペーストとミルクをシェイクしたものらしいです。
チューブ入りのゴマペーストを店員さんがチューッと絞りだしているのを見てしまいました。
私はこれ、フレンチプレスのアイスコーヒー。
なんだか実験キットのようだといわれました(笑)。

最後に、丸の内OAZOの丸善4階にオープンした「松丸本舗」へ。
編集工学研究所長さんの書斎をモデルに作った実験的本棚。
面白かったですねえ・・・・!!
知の迷宮といった感じでした。書棚にも実験的要素がいっぱいでした。
銀座の東急ハンズにブックディレクターの幅氏が作った棚も見てきましたが
本棚にはその人の個性が出ていて本当におもしろいです。
そういえば、シモンもマクケヒト先生の本棚を眺めていました。
アシュレイの蔵書も見てみたいものです。
絶対に読めないでしょうけど。
おかげさまで、ひとつやってみたいことができました。
夏目漱石のパロディのようですが(笑)
「英国妖異譚」新刊が12月24日に出るのか〜と思っていたら、
ふと、昔、合唱部だったころに歌ったキャロルの歌詞を思い出しました。
Hodie Christus natus est
今日キリストはうまれた
hodie Salvator apparuit,
今日救い主は現れた
hodie in terra canunt Angeli,
今日地には天使たちが歌い
laetantur Archangeli: Noe.
大天使たちは喜ぶ
Hodie exultant justi, dicentes:
今日まさしく歓びの声を上げて賛える
Gloria in excelsis Deo.
いと高きところなる神に栄光あれ
Alleluia.
アレルヤ
タイトルはフランス語で「クリスマスおめでとう」なので、おそらく内容はクリスマスの時期の話でしょう。
クリスマスといえば、救世主がこの世に生まれた日のことですよね。
ということは・・・・・・
もしかして、「外伝」だけれども、過去の話とかじゃなくて
ユウリ帰還編の外伝だったりしたら嬉しいな〜!!
(「聖杯編」の決着をつけるという意味で)
で、来年から始まるという第2部は、大学生編ってのはどうかしら!?
・・・という夢をみました。
いい夢だったわ(*^_^*)
拍手お礼です↓
12月24日に、英国新刊が発売だそうですね!
急に飛び込んできたニュースに、疲れてへとへとだった身体も軽くなるようです。
もう、最高のプレゼントです!
先生ありがとうございます、これで年が越せます〜vvv
拍手お礼 + αです。
活字倶楽部秋号が発売になりました。
今回は「ユウリ・カムバックプロジェクト」が発動された甲斐あって、ユウリは4位にランクイン!
おめでとうございます〜v
完結記念のちょっとした特集コーナーも設けられて、
美々しいイラストや素敵コメントも拝見できて嬉しかったです。
そう・・・・・・嬉しかったはずなのですが・・・・・・・マイガッ!!
「フォーダムという地名は英国に2箇所あります」なんてしょーもない投票がボツられたのは当然のことなのでもちろん気にしていないのですが・・・・・・あれは気にするっ!!
・・・・・・・・一人でパソコンの前で悶々としていてすみません。
以前、とある方から「かつくら編集はSですよ」と伺っていたのですが、信憑性を増してきました。
うーんうーん・・・・・・・・・・・・・・すみません、あんなの載せていただていてしまって(-_-;)
投票してしまったことを今頃深く深く後悔しております・・・・・・・・・そんなに後悔するなら最初から投票するなよと突っ込みつつ、
実はいちばんショックだったのは「12月に英国新刊は出ない!?」ということだったりします。
裏表紙を見ても12月発売予定リストに入っていないんですもの!!
あああああ、今年の冬の楽しみがなくなってしまいました・・・・・しょんぼり。
もしかして、1月刊の本が繰り上がって12月末に発売ということもありえますが
その場合は冬コミ原稿が戦々恐々とすることでしょう。ううううう・・・・・
気を取り直して
拍手お礼、というより返信です。
とある目的をもって図書館に行ったのですが、ふと目に付いた本を読んでいたらおもしろくて、
ついつい閉館時刻まで読みふけってしまいました。
「神話・伝承事典 失われた女神たちの復権」バーバラ・ウォーカー著 大修館書店1988)
「Kelle(Kelly)ケレ の項より
アイルランドにおけるドルイド教聖職者の名称で、女神ケレ、カレ、
あるいはカーリーに仕えていたキリスト教以前の聖娼の名に由来していた。
女神キルダ・ケレ(すなわちブリジット)は、インドではカーリー・マリ、
またはケル・マリと呼ばれており、人間を粘土から作った「壷の女神」である。」
■■■おや、キャンドルマスにいらしたブリジットもカーリーに関係するのですね。
「壷の女神」という言葉が気になります。「壷」?
「Kernos ケルノス の項より
「芯」または「穀粒」の意で、エレウシスの秘儀で使われた聖なる壷の名称。
この壷は、新しい生命の種子を発芽させてくれる子宮のシンボルだった。
このケルノスが発展して、「アドニスの園」、すなわち、女たちの手で育てられて
発芽したコムギ(または、オオムギ)の種子が入っている壷になった。
(出典はフレイザー)」
■■■確かに、20巻冒頭に出てくる壷には大麦が発芽してますねえ。
「Emania エマニアの項より
ケルト伝説の「月の国」、死者が行くところで、マニア、マナ、マハ、メネ、ミヌと呼ばれる
黄泉の国の女王、すなわち妖精の女王によって治められていた。
天界のマナヴェグルのように、空の月の通り道と同一視され、地界の神殿と同じものとされる。
マハの神聖な都はエマン・マハと呼ばれた。」
■■■この説明はかなり詳しいです。
それでも、エマニアでユウリを迎えた女性は「マヤ」と名乗っていました。
まさか、千の仮面を持つ少女ではないでしょうね(笑)
「Ma マー の項より
印欧諸語において「母親」を意味する基本的な音節であり、
しかも、マーそのものが「女神」の本源的な名称として崇拝された。
古期印欧諸語にあっては、多くの場合マーは、「英知」、すなわち、
世界の初めに四大を結合して多様な形態を想像した母なる力と定義されていた。
ペルシア人はMah(イラン人の月女神)の名を
「死と再生」Mourdad-Ameretatという文字から作られた聖なる「言葉」とした。
ヘブライ語の場合、聖なる文字MAは、「液体」と「誕生」の意のアルファベットの
2文字を結合したメムーアレフだった。
この聖なるしるしには霊験あらたかな護身の力があるとされ、
紀元前9世紀の初めからユダヤ人の護符に記されていた。」
■■■冒頭部分の定義は、アシュレイの説明と酷似しています。
「Macha マハ の項より」
「亡霊たちの大いなる女王」の意で、すでにケルト人到来以前から、
アイルランドで崇拝されていた女神。
アイルランドのマハは、中央アジアの月の女神マハ・アラ(「生と死の母」)と同じだったようである。
アイルランドにおけるマハの聖地は、アルスターの首都エマン・マハだった。
天界でエマン・マハに相当するマハの聖地がエマニアで、
エマニアは、月の女神の「死の国」だった。(出典 Larousse 229)
マハは、三相一体の女神モリガンとして、広大な埋葬地を統治していたのである。」
■■■ そうか、月の国=死の国なんですね、ここでは……。
じゃあ、嫦娥は一体どこに?
「 Mana マナ の項より」
かつては、世界中のほとんどすべての言語が、マナと同族の単語を持っていた。
マナは「母の力」、「月の精霊」「魔力」「超自然的な力」といった基本的な意味を持つと同時に、
女神の呼称でもあった。
ケルト人は太女神の支配する天界の領域を、
「三相一体の女神が支配する国」エ・マニア またはハイ・マニと呼んだ。
時には「母神マハの月の国」の意のエマン・マハと呼ばれることがあった。
コーマックの用語辞典によると、emaには「血」の意味があった。
したがってエマンEmainは、「再生力を有する太母の月の血の国」だった。
■■■ そして、エマニアは再生の国でもあった・・・
考えてみれば、欠けては満ちる月は再生のシンボルに他なりません。
Savior 救世主
ギリシア語のソテルSoter「救世主」はしばしば神や聖なる王の名の添え名となった。
字義的には「種子をまく者」を意味する。
種子まきの後でソテルは新しい穀物の中に「神の子」として再生し、
その到来は「神は甦れり」という定式文句でたたえられた。
ユウリは第一巻から「セイヴァー」と呼ばれていました。
そのことから、私はユウリにはキリストのイメージが重ねられているのではないかと想像したのですが、
キリストの血脈はどうやらバフォートの方に行ってしまったようです。
マクケヒトが授かった壷の植物は再生のための道具だったようですし、
救世主といえば復活するのがある意味お約束・・・・・・
となると、ユウリが月に行ったのは、地中でなくてかえってよかったのかもしれないという見方もできそうです。
再生のために行ったのだとしたら。
でもでも、「輪廻転生」してユウリの弟として生まれました、というのは却下ですから!